ゲームレビュー【ABZU】ゲーマーのみんな!オンラインでカリカリして疲れてない?
年一更新とかいうツチノコ並みの更新頻度ってまじか。ゆーほです。
ゲーマーのみなさん、ゲーム楽しめてますか?
FPSとかやってると味方や敵や自分にイライラして画面をフタエノキワミ!ア゛ーー!とかやりそうになりません?
そんなあなたに朗報です。
今回オススメしたいゲームはコチラ!プルルルルルバシュコーン!!
ABZU〜〜!!!
こちらps4とかpcで遊べます!他のフォーマットはよくわかんない!
知る人ぞ知る「風ノ旅ビト」を作ったとこと同じ人たちが作ってるとか。
- ゲーム概要
- 止まらない鳥肌、圧倒的没入感
- 昨今の「自由なゲーム」へのアンチテーゼ
- 不自由なのに圧倒的自由さを感じる
- クリアするゲームではなく、虜にされるゲーム
- 圧倒的制限の中、たった1つの自由が際立つ
- まとめ
ゲーム概要
一言で言うと美しい海をひたすら魚たちと一緒に泳ぐ癒しゲー
ゲームが苦手な人でも大丈夫!泳ぐだけで難しい戦闘や謎解きなんかはありません。
ストーリーの流れ的なものはふわっとあって、流れに任せて進めていけば2、3時間もあればクリアできます。
止まらない鳥肌、圧倒的没入感
いやこのゲームヤバイんですよ。
癒しゲー?はいはい魚観賞して何が楽しいの?水族館いくわ。銃で対人で戦ってる方がワクワクするわい。
とか思ってるFPSゲーマーなんですけど、やり始めたら音楽の良さも相まって、海の美しさ、壮大さ、恐ろしさにあっという間に引き込まれて深海に魅了されてしまいました。
終わる頃には終わらないでくれとすら思ってました。
何回も鳥肌たったし、後半は理由がよくわからない涙が出そうになるという、、、
昨今の「自由なゲーム」へのアンチテーゼ
最近のゲームってめちゃめちゃ自由じゃないですか。
オープンワールドでどこへでも行ける。ミッションやクエストが無限に用意されててどれからクリアしてもいい。自分で自由な服装や武器、ゲームのクリア方法を選べる。
オンラインが当たり前の時代からのゲームはプレイヤーがなんでもできる自由を目指してきたし、それが正義だったように思います。
大ヒットしたマイクラやブレスオブザワイルドなんかもやっぱりひたすらプレイヤーの自由を追求してきた結果のヒットかと思います。
ABZUはそんな「ゲーム業界が目指した自由」とは真逆の方向を目指したようなゲームです。
プレイヤーが出来るのは泳ぐことと限られた場所でアクションボタンを押すくらい。
フィールドもオープンではなく、不可逆のステージを進んでいく形になります。
極端に言えばただ前に進むだけのゲームなんです。
もしマリオがクリボーもノコノコも落とし穴もなくて、ただただダッシュしたらジャンプしてるだけでゲームクリアできたらどうですか?
クソゲーの極みだろ!!!
なのにこのゲーム、めちゃくちゃ楽しい。
なぜかこのゲーム、やれることはこんなに限られているのに、まったくもって不自由や窮屈に感じないし、むしろ限られたゲーム内でやるべきことに導かれることに心地よさすら感じるのです。
不自由なのに圧倒的自由さを感じる
何度も言うようですが、このゲーム、極端に言ってしまえば前に道がただあるだけでそれを進むだけです。
こんなに限られたことしかできないのになぜか自由を感じられる。
なんで!?って思ったんですが、一旦次のステージに行くと、前のステージには帰れない、という一方通行のルールが関係しているように感じました。
え?それってさらに不自由じゃん!って思うんだけど、違うんですよ!
ここでプレイヤーは進んでもいいし立ち止まってもいい、という選択の自由が与えられているんです。
クリアするゲームではなく、虜にされるゲーム
このゲーム内でプレイヤーに許されたたった1つの自由、それは「進む」か「留まる」かなんです。
え??留まってたらクリア出来ないじゃん!!
って思うんですけど、このゲーム、クリアしなくてもいいんです。まじかよ!!
だってさ、進まなくていいゲームなんてある?
クッパにピーチ攫われたけど今週はまったりしたいから来週でいっか。ってならないでしょ!!w
ほとんどのゲームはクリアを急がされるんです。
どんなアクションやRPGなんかでストーリーがあるゲームであれば絶対に、なにかの問題があるから、それを解決するためにプレイヤーは主人公としてコントローラを握るわけです。
なにかを解決しなければいけない。
解決=ゲームクリア
というのがゲームの常識です。
ゲームをプレイしなければゲームの中の問題は解決しないままなんです。
でもABZUはゲーム内でなにか明確な問題があるわけではない。
だからクリアせずに1つ目のステージにずーーーっと留まって、まったり泳いだり、魚を観察したり、魚と戯れたりしてていいんです。
永久にそうしててもいいです。それに、その場所にはもう戻れないんだから。
ではなにをもって前に進むのかというと、それは好奇心です。
この海は広い。この先にどんな魚がいて、どんな景色が見れるんだろう。
そして進んでも進んでも決して裏切らない景色をABZUは見せてくれるんです。
きっとそうしてプレイヤーは海に魅力されてしまい、どこまでも潜ってしまうのです。
海の「虜」になってしまいます。
圧倒的制限の中、たった1つの自由が際立つ
自由の話から少しそれてしまったけど、結局どこが自由なんだよ?って話に戻ります。
やれることは泳ぐことくらい、進んだら戻れない、こんな制限だらけの中で、制限だらけだからこそ、この「進む」か「留まる」かのたった1つの自由がむちゃくちゃに引き立てられているのかもしれないです。
たしかに最近のゲームはめちゃくちゃ自由でなんでもできる。アプデで無限にミッションやクエスト、マップが追加される。
それは一見自由にみえますが、限りなく無限に近い「選択肢」を提示されているだけとも言えます。
それは自由の見た目をしていますが、ゲーム内で問題がある限り、それは全て解決(クリア)しなければならない。
ストーリーのあるゲームでは、そのやり方や順番はいくら自由であっても、主人公はできるだけ最適に、早くクリアしなければならないという制限からはどうやっても逃れられません。
ABZUの中では問題やそのやり方、順序は1つも選べませんが、代わりにクリアする(進む)か、クリアしない(留まる)かを選べます
ABZUの中で主人公(プレイヤー)は、できるだけ早くなにかをしなければならない!ということから自由になるんです。
それは時間の流れから自由になることに近く、だからこそゲーム内の深海にいつまでも留まったいたくなる(海の虜になる)のかもしれません。
まとめ
ごちゃごちゃ書きましたが百聞は一プレイにしかずと言うので、マジでプレイしてみてほしい!
絶対にゲームとして唯一無二の体験ができるし、かなり思い出にも深く刻まれる感動があるんじゃないかと思います。
魚と一緒に海の一部になれたような感覚になれた瞬間は本当に胸を打つものがありました。
みなさんも、海の虜になってみませんか?
このゲーム、特にしっかりはっきりとしたストーリーがあるわけではないのですが、ふわっとした意味深な流れのようなものはあるので、その考察もそのうちしてみたいです。
まだ頭の中とっちらかっててまとまりそうにもないんですが、、、
ゲームとしては唯一無二の体験を出来る一方で傑作になり得ない詰めの甘さも感じた作品だった。作品としてのテーマが「海の美しさ」なら物語部分は割り切り『アクアノートの休日』のような探索ゲームにするべきだし、『Flowery』のように伝えたいテーマがあるなら考察部分はより分かりやすくしてプレイヤーの感情コントロールにも力を入れて欲しかった。
上記のような感想もあったんですが、個人的には結局探索ゲーにするにしてもストーリーをはっきりさせるにしても、このような唯一無二のゲームシステムと体験は生まれなかったと思います。
それこそ何か目的をもって「クリアする」ただのゲームになってしまう。
そこから自由になったからこそ唯一無二の体験を生むのであって、エンタメゲームに対するレビューであればこの意見は正しいと思うんですが、土俵が違うというか、このゲームに対するレビューとしては少しズレているのではないかと感じてしまいました。
売れた、売れないという軸でいうならこのゲームは普通のゲームの中の一本かもしれませんが、そこの軸を無視するのであれば、傑作といってもいいのではないでしょうか!
誤解のないように言うと僕は大衆エンタメゲームも大好きだし他のゲームを貶めたいわけではなく、オープンワールドゲーもオンライン対戦ゲーも大好きで素晴らしいものだとした上で別軸でこのゲームを語らせていただきました。